ひっくり返れば浮き世。

書評を中心とした読書ブログ。評論、小説、漫画、詩歌など、幅広く読んでいくつもりです。

『ツイッター、その雑念のゴミばこ』

 みなさん、最近、ツイッターを楽しくやってますか。イーロン・マスクが会社を買収して以来、なんだか居心地が変わりましたよね。今となっては移住先のSNSを探しているという人も多いみたいです。でも、結局、SNSの面白さなんてね、そこに居座る人たちの存在あってこそですからね。絵師もボカロPもなろう作家もひしめき合うほど居るSNSなんてね、ツイッター以外に無いんですよ。どれほど改悪されようともそこが変わらなければ一緒なんです。口惜しい話ですが。

 不思議なんですが、どうしてこれほどまでに、ツイッターにはクリエイターが集中してしまったのでしょうか? 偶然選ばれたにしては定着率が高すぎる。拡散力の高さが要因として挙げられているのを見たことがありますが、やはり、それだけではないような気もします。「磁場」とでも言いましょうか。いや、結局のところは、その「磁場」はそこに居る人間の存在が発生源になりますね。卵が先か、鶏が先か……。

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内容紹介

 本書には、横尾忠則の2010年3月から2011年3月までの丸々一年間のつぶやきが収録されています。当時のつぶやきの文字制限は140文字で長くても2~3文しか書けないのに、本書は300頁を越える圧倒的なボリュームです。止まらない時には本当に止まらないんでしょうね。つぶやくとなったら10分に1回ほどのペースでダーッとつぶやいているのが分かります。当時でもたしか70歳は越えていたはずなのに、これで日々の仕事もこなしていたのだからものすごいバイタリティーですよね。横尾忠則は、世間一般的な感覚からすれば、実に不気味に思えるぐらいに「芸術家肌」な感じがある人間だと思います。そのイメージに相違ない感じというのは、やはりありました。なんか突然、突拍子のないことを言ったかと思えば、芸術論をやったり、人物評をやったり。それでも、つぶやきを見ていると、その「人となり」がなんとなく掴めてきて、そこが面白かったです。2023年現在も、自由気ままにツイッターで発信されているそうで……。内容も、それほど変わっていませんでした。

 こんなこと、新人の芸術家が同じようなことをしようと思えば、大変な心労を強いられるでしょうね。面白いツイートをしてやろうと意気込んでいるようでは、まったくもって見込みがないというか……。これは若造には決して真似できない芸当ではないでしょうか。豊沃な感性を培うには、まるで日陰ですくすくと育つ陰樹のように、まずは人目につかないところでのびやかに過ごすのがと良いと聞きます。これぞまさしく、年の功というものではないかと感じ入ってしまいますね。

 本書は横尾忠則のツイッターでのつぶやきをまとめた本ですが、横尾忠則という人間を知らなくても楽しむことができます。これを横尾忠則の世界へと入門するきっかけにしてもいいぐらいです。クリエイターのつぶやきを見るのって、ものすごく刺激的で楽しいんですよ。

 正直なところ、自分は『Twitter』というサービスに対してそれほど愛着があるわけではありません。もっとみんなが他所に移動してくれてたら、ここに心残りはもうまったく無いんですがね。